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雲海山 清浄寺  "勝間田氏の墓"

清浄寺

 清浄寺(しょうじょうじ)は「時宗」のお寺で、一遍上人の弟子"恵法上人"が弘安5年(1282年)に開いたお寺です。
 "遊行上人(一遍上人)"が諸国布教の際、勝間田の庄にも立ち寄り、その風光を愛で、 川崎・藤沢・戸塚・大磯などの神奈川県の地名を、お寺の周辺地区に移したと伝えられています。
 この地の豪族である歴代の「勝間田氏」の中に、この地を好み、学問に秀でた、"勝間田長清"という殿様がいました。 彼は歌の道にも秀で、京都の「冷泉為相(藤原為相)」を師として仰ぎ、中世最大の歌集「夫木和歌抄(ふぼくわかしょう)」を編纂したことで、日本の国中にその名を知られています。
 また、時宗の二代目"真教上人"とも、念仏の教えや、和歌の道を通して親しくしていました。 勝間田氏は「清浄寺」を菩提寺として護持していました。 "長清"の死後建武(1336年)~文和(1352年)の15・16年間に、 清浄寺の山内に、勝間田氏の供養塔を建て、勝間田氏の慰霊をしています。

 その後、応仁の乱(1467~1477年)がおこり、勝間田氏は"今川義忠"に攻撃され、宮山城(道場山)で迎撃しましたが、遂に亡ぼされてしまいました。
 戦場となった「道場原」に散在していた墓は、勝間田氏の供養塔に集められ、清浄寺で供養されています。

勝間田氏供養塔

所在地 牧之原市道場68
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お問合せ先 0548-22-3928 (清浄寺)
歴史・文化財等へのお問い合せ 0548-53-2646(社会教育課)

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